教誨
柚月裕子

女性死刑囚の心の裡に迫る
本格的長編犯罪小説!

幼女二人を殺めた女性死刑囚、最期の言葉──
「約束は守ったよ、褒めて」

吉沢香純と母の静江は、遠縁の死刑囚三原響子から身柄引受人に指名され、刑の執行後に東京拘置所で遺骨と遺品を受け取った。響子は十年前、我が子も含む女児二人を殺めたとされた。
香純は、響子の遺骨を三原家の墓におさめてもらうため、菩提寺がある青森県相野町を単身訪れる。香純は、響子が最期に遺した言葉の真意を探るため、事件を知る関係者と面会を重ねてゆく。

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本文より

 応接室に通された吉沢香純は、部屋のなかを見渡した。
 簡素な応接セットと、壁際に置かれた書棚のほかはなにもない。書棚には法律関係の書籍が並んでいた。
「寒くありませんか。今日は冷えますから」
 案内してくれた女性の職員が、香純に訊ねる。
 香純は首を横に振った。
「大丈夫です」
 本当は少し寒かったが、厚かましいことは言えない。
 三月に入り、関東は暖かい日が続いていたが、今日は朝から冷え込んでいた。
「いま、担当の者を呼びますので、ここでお待ちください」
 そう言い残し、女性の職員が部屋を出ていく。
 ひとりになった香純は、窓のそばに立ち外を眺めた。
 広い敷地を挟んだ向こう側に、大きな建物が見える。収容者たちが暮らしている居室棟だ。黒ずんで見えるのは、曇り空のせいだけではない。居室棟の窓側に、すべて鉄格子がつけられているからだ。
 香純は東京拘置所を訪れていた。
 死刑囚──三原響子の遺骨と遺品を受け取るためだ。
 拘置所の敷地は、大きくふたつに分かれている。
 塀のなかと外だ。
 なかには収容者がいる居室棟、外には所長や職員たちがいる庁舎がある。いま香純がいるところは、接客室がある庁舎だった。
 重い空を眺めていると、ドアがノックされた。
 男がひとり、入ってきた。紺色の制服を着ている。いま三十二歳の香純と、そうかわらない年齢に見える。
「吉沢香純さんですか。三原響子さんの身元引受人の──」
 香純は男に向かって、姿勢を正した。深くお辞儀をする。
 男は刑務官の小林と名乗った。
 小林は台車で運んできた荷物を、部屋に運び込んだ。
 白い布に包まれた箱のようなものと、小振りの段ボールをふたつ、応接セットのテーブルに置く。
 小林は香純にソファを勧めた。香純が腰を下ろすと、自分もテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
 小林が言う。
「こちらがお引き取りいただくものです。ご確認いただけますか」
 小林は白い布に手を伸ばし、結び目を解いた。
 なかにあった木箱から、白い壺を取り出す。
「三原さんの遺骨です」
 骨壺は、香純が想像していたより小さかった。テレビでは大柄に見えたが、実際は小柄だったのかもしれない。
「こちらが遺品です」
 小林は脇に置いていたファイルケースから、書類を取り出した。遺留品目録とある。
「三原さんが所持していたもののリストです。段ボールの中身と照らし合わせて、間違いないようなら確認用の書類に署名をお願いします」
 響子の遺留品は、肌着や洗面道具といった日用品と、本とノート、手紙だった。

柚月ミステリーの新境地!
全国の書店員さんも放心状態──

故郷へ帰る。その為に尽力してくれる人がいた。優しい世界がそこにはあった。ラスト、救われました。【文真堂書店ビバモール本庄店 山本智子さん】
一方向で事件を捉える危険性を突きつけられる作品で、一気に読み終えたあと人の哀しみが心に広がりました。【水嶋書房くずはモール店 和田章子さん】
柚月裕子さんはすごい。読後こんなに戻ってこられなかった作品は初めてでした。【あおい書店富士店 鈴木裕里さん】
死刑囚が独房で死刑宣告を待つ恐怖が、まるで自分が死刑囚になったようにリアルに伝わってきて、心臓がバクバクと音を立てる。【くまざわ書店新潟西店 大谷純子さん】
読み終えてあまりにも切なく哀しく、しばらく放心状態でした。響子の最期の言葉の意味が分かった時、涙が止まりませんでした。【紀伊國屋書店エブリイ津高店 髙見晴子さん】
読了後、しばらく声が出ないくらい呆然となってしまいました。とにかく最初から最後まで、重く、辛かった。でも、読まずにはいられない小説でした。【精文館書店豊明店 近藤綾子さん】
真相がわかったときは、衝撃すぎて涙があふれました。【紀伊國屋書店熊本光の森店 富田智佳子さん】
重厚かつリアリティに満ちた社会派小説。人の深き業を完璧に書き切っており、読む者の感情を揺さぶる。ラストの一言には強く頷くほかない。【エムズエクスポ花巻店 菅野樹さん】
「哀しくてやり切れない思いを終始抱えながら読みました。〝罪を憎んで人を憎まず〟という言葉を、本当の意味で初めて理解できたような気がします。【六本松 蔦屋書店 山田麻奈未さん】
苦しかった。でもページを繰る手を止められない。当事者にしかわからない真実を知ったとき、私は目を瞑って止めていた息を吐いた。【TSUTAYA南古谷店 石木戸美穂子さん】
一方向で事件を捉える危険性を突きつけられる作品で、一気に読み終えたあと人の哀しみが心に広がりました。【水嶋書房くずはモール店 和田章子さん】

「自分の作品のなかで、犯罪というものを一番掘り下げた作品です。執筆中、辛くてなんども書けなくなりました。こんなに苦しかった作品ははじめてです。響子が交わした約束とはなんだったのか。香純と一緒に追いかけてください」
柚月裕子
1968年岩手県生まれ。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞。ほかの著書に『ミカエルの鼓動』『チョウセンアサガオの咲く夏』などがある。

教誨

定価 :1,760円
頁数 :320ページ
発売日:2022年11月25日
イラスト/高井雅子