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今夜、ぬか漬けスナックで
古矢永塔子

ぬか床でつながる、やさしい家族小説

ぬか床の中には、神様が住んでいる。


母を亡くした槇生は、瀬戸内海に浮かぶ小豆島の
スナックで自家製のぬか漬けを振る舞う。

パワフルな島の人びとのやさしさにふれ、
自らの心も解かれていき……。


島の風と、ぬか床の香りが心をいやしてくれる感動作。

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本文より

「ねぇ、ぬか漬けって、食べたことある? ちょっと試食してみない?」
 ティッシュで鼻をかむ音を聞きながら、私は冷蔵庫を開けた。家から持ってきたタッパー容器を取り出す。薄切りにした胡瓜のぬか漬けに楊枝を刺し、伊吹と玲音にひとつずつ差し出す。
先に反応したのは伊吹だった。
「味が戻ってる! 昨日までと、全然違うね」
「塩を足したの。ぬか床を使い続けると、野菜に塩分が吸われて、いつのまにか塩気が抜けちゃうんだ。だからときどき足し塩をして、そのぶんいつもより丁寧に掻き混ぜて、馴染ませるの。塩を足さずに置いておくと、味が落ちるだけじゃなく雑菌が繁殖して、野菜を漬けられなくなるんだ。だから少し塩辛くなるかな? と思っても、入れるときは思い切って、ドサッと入れる」
 私もひと切れ口に入れる。適度な塩気と、角の取れた丸い酸味。やはり、この味だ。
「君が勇気を出して髪を切ったのも、同じだよね。思い切って今の状況を変えようとしたんだよね。だったら途中で折れちゃ駄目だよ。ちゃんと最後まで掻き混ぜて、馴染ませなきゃ。ママが泣いても、喧嘩になっても、話し合わなきゃ。烏丸のおじさんに謝りに行くのは、できればママと一緒の方がいい」
 玲音は漬物を味わいながら、私の話にじっと耳を傾けていた。ラム酒抜きのモヒートを飲み干す頃には落ち着きを取り戻し、棚に並んだキープボトルを見て「大人の店なのに、学校のロッカーみたいや」と屈託のない笑顔を見せた。ウイスキーやブランデーのボトルに、手書きのネームプレートが下がっているのが珍しかったようだ。
 玲音の滑らかな標準語には、ときどき島の言葉が混ざる。やはり子供は順応力が高いのだ。玲音の父はもともと島育ちだというし、玲音の母親は、どんどん変わってゆく夫と息子に寂しさを感じているのかもしれない。彼女も私と同じように、余所者としての暮らしづらさを感じているのだろうか。
「それにしても、烏丸のおっさんはさすがだね。すごく綺麗な丸坊主だもんね」
「学校でもよく、触らせてくれって言われます」
「え、そうなんだ。じゃあ私も、差し支えなかったら──」
「槇生ちゃん、差し支えるよ」
 玲音の頭に手を伸ばしかけ、伊吹にたしなめられた。
 店の外に出て、伊吹と二人、玲音を見送る。駆け出す背中の上で、留め金の外れたランドセルの蓋が、カタカタと揺れていた。
「槇生ちゃん、すごいね。大岡裁きだね」
「何も解決してないけどね。この前、烏丸が電話で娘さんと喧嘩をしてるのを聞いちゃってさ。親子って、そういうふうにしていかなきゃ駄目になるのかなって、思っただけ」
「玲音君の気持ち、お母さんにまっすぐ届くといいね」
「そうだね。私みたいに、捻ね じ曲がっちゃう前にね」

平野レミさん&上野樹里さん母娘が推薦!

「血がつながらなくても、味でつながれる。
肩肘はらなくていいのよ」

 平野レミ(料理愛好家)
「人生も美味しいぬか漬けになぁれ!
 菌活も人間関係も複雑で奥深い」

 上野樹里(女優)

今夜、ぬか漬けスナックで 読者レビュー

私も著者の生まれ故郷である青森県出身で、かつ題名の中に「スナック」とあり、なんとなく惹かれて衝動買いしてしまいました。本を開いたら夢中になって、3時間ほどで読み終えました…。槇生の、一見大雑把と思える言葉に、人を思う愛情が感じられて、読んでいて涙が止まらなかったです。老いも若きも、槇生とひょんなことで関わって、ぬか漬けでさらに繋がってとても温かい気持ちになりました。私自身、人付き合いというものが苦手で友達の作り方なんてわからなくて、絶望しかけていましたが、本書に出会って自分から心を開かなきゃって背中を押された気持ちでおります。周囲の人のことを思いやり、自分も無理しすぎず生きていきたいです。(20代 女性)

著者プロフィール

古矢永塔子

1982年青森県生まれ。弘前大学人文学部卒業。2019年『七度笑えば、恋の味』で第1回日本おいしい小説大賞を受賞。本作が受賞後第一作。高知県在住。

書店員さんからも熱い感想が続々到着しています

今夜、ぬか漬けスナックで

定価 :1,760円
頁数 :224ページ
発売日:2022年10月21日
イラスト/安藤巨樹