時刻は午前10時過ぎ。初秋を迎えた香港の空気は暑気が和らいでおり、エアコンなしでも心地よい。出来上がったばかりの簡素な朝食を手渡すと、少年は無言で受け取り、ベッドの上であぐらをかいて口に運んだ。やがて食事を終えるとごろりと寝転び、スマホを両手で横向きに握りしめスロットゲームの世界に没入した。画面上では極彩色の何かよく分からないものが慌ただしく明滅を繰り返している。「相手が女だからって手加減しない」と言ってデモ現場で暴れていた姿とは、まったく別人のようだ。
とにかくシャワーを浴びたい。私は彼を追いかけながら先の見えない世界をずっと彷徨っていたせいか、疲労感が抜けないのだ。太ももには変なじんましんができていたし、部屋の鏡を覗き込むと、左まぶたがうっすら腫れて人相が変わっていた。右のこめかみには、いつの間にか白髪まで生えていた。白髪は老化現象としても、じんましんやまぶたの腫れは、催涙ガスの影響じゃないかと勘繰ってしまう。昨夜、少年と一緒に自撮り写真を撮った時には、自分はこんな顔ではなかったはずと驚いてしまった。
パジャマを脱いで下着姿で洗面所へ向かうと、少年はこちらの動きを敏感に察知し、突然スマホのカメラレンズを向けてきた。何をするつもりだ。
「ねえ、写真撮っていい? 日本人記者のパンツは赤でしたって、インスタにあげちゃおうかな」
「やめろやめろ、写真撮るな!」
この年頃の人間は怖いもの知らずだから、本当にやりかねない。何の因果で、自分の下着姿を香港からインターネット空間に晒さねばならんのだ。逃げるように画角の外へ身をよじると、15歳は満足そうにケラケラと笑い、またスマホの世界へ帰っていった。